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札幌地方裁判所 昭和46年(ワ)1258号 判決 1972年7月28日

原告 高戸るみ

右法定代理人親権者父 高戸隆一郎

同母 高戸恵美子

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 丸岡敏

被告 岩佐陽一郎

右訴訟代理人弁護士 二宮喜治

右訴訟復代理人弁護士 磯部憲次

主文

一  被告は原告高戸るみに対し、金三五万円およびこれに対する昭和四四年八月四日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告高戸るみのその余の請求および原告高戸隆一郎、同高戸恵美子の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告高戸るみと被告との間においては同原告に生じた費用の二分の一を被告の負担とし、被告に生じた費用の三分の一を同原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告高戸隆一郎、同高戸恵美子と被告との間においては被告に生じた費用の三分の一を同原告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告高戸るみに対し、金六一万五、〇〇〇円、同高戸隆一郎、同高戸恵美子に対し各金一五万円およびそれぞれこれに対する昭和四四年八月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告るみは次の事故(以下本件事故という。)により傷害を負った。

(一) 年月日 昭和四四年八月四日

(二) 場所  北海道亀田郡尻岸内柏野所在の恵山高原ホテル三〇一号室(三階)

(三) 態様  原告るみは右室の窓から外へ転落

(四) 結果  頭部外傷、左頭頂部陥凹骨折(一時生命危篤)の傷害を負い、右同日から同年九月六日まで入院し、開頭頭蓋形成術を受けた。そして、同月七日から同四五年一月一八日まで通院し、受傷後一年間は三月に一度の割合で脳波検査を要した。

2、責任原因

(一) 被告は、昭和四四年八月四日当時前記ホテルを経営し、同ホテルの占有者であった。

(二) 右ホテル三〇一号室に次のとおり瑕疵があった。

(1) 窓がまちが低かったこと(同室の窓がまちは床面から高さ五〇センチメートルの位置にあったが、この高さでは宿泊者が窓から転落する危険があった。)

(2) 窓の網戸の取付けが不完全であったこと(同室の窓には網戸が設置されていたが、その網戸は取付が不完全なため、転落防止の用を果さないものであった。)

右(1)(2)の瑕疵は、土地の工作物の設置または保存に関する瑕疵に該当するものである。

(三) また、被告の被用者であり、右ホテルの従業員であった訴外小山田日出夫および同渡辺貞子の両名は、右瑕疵を早急に補修すべきであったのにこれを放置し、かつ右瑕疵を原告らに告げて窓から転落することがないように注意すべきであったのにそれを怠った過失があった。

(四) よって被告は、民法七一七条一項の工作物の占有者として、または訴外小山田日出夫、同渡辺貞子の使用者として民法七一五条により後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

原告るみは前記傷害を負ったことにより重大な精神的苦痛を蒙り、原告隆一郎、同恵美子は原告るみの両親であるところ、原告るみが右傷害を負ったことにより同原告が死亡した場合にも比すべき重大な精神的苦痛を蒙った。これに対し、被告が支払うべき相当な慰藉料額は次のとおりである。

(一) 原告るみにつき金六一万五、〇〇〇円

(二) 原告隆一郎、同恵美子につき各金一五万円

4  よって被告に対し、慰藉料として、原告るみは、金六一万五、〇〇〇円、同隆一郎、同恵美子は各金一五万円宛およびそれぞれ右各金員に対する不法行為の日である昭和四四年八月四日(訴状請求の趣旨に同年八月二日とあるのは誤記と認める。)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)の事実中原告るみが頭部傷害を負ったことおよび原告ら主張の期間入院したことは認めるがその他の事実は否認する。

2  請求原因2項(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち窓がまちの高さが五〇センチメートルであったことは認めるがその余の事実は否認する。同(三)の事実は否認する。

恵山高原ホテルの建物は、すべての点において建築関係法規に適合していたものであり、しかも窓の高さが五〇センチメートルである例は他によくあることである。そして、三〇一号室の窓がまちの巾は三八センチメートルあったからたやすく人が転落するような状況ではなかった。また、網戸は虫よけのための設備であり、人の転落を防止するためのものではないから、人間をささえることができなかったとしても、その設置に瑕疵があったということはできない。

窓がまちは、その上に人があがったり腰をかけたりする性質のものではないから、旅館の従業員としては客に対しそれをしないように注意する義務を負うものではない。しかも、本件事故発生前、係女中は、ベットの上で騒いでいた原告るみおよびその兄の二人の子供に対し、危険だからおりるように注意をした。

3  請求原因3項の事実中原告隆一郎、同恵美子が原告るみの両親であることは認め、その他の事実は否認する。

三  抗弁

1  (過失相殺)

本件事故発生の状況は次のとおりであった。当初、原告るみとその兄の幼児二人が窓に腰をかけてけんかをしていたので、居合わせた祖母がけんかをするとおちるといって注意をした。すると兄の方が窓がまちからおりて原告るみをどんと押した。このため原告るみは網戸とともに転落したのである。以上の次第であるから、本件事故につき、かりに被告に責任があるとしても、原告るみと共に部屋にいた母である原告恵美子および原告るみの祖母においても、二才の幼児である原告るみの事故防止のために細心の注意をすべきであったのに、原告るみの転落を防止する適切な措置を講じなかった過失があったから、損害賠償の額を定めるにつき斟酌されるべきである。

2  (相殺)

被告は原告るみの入院費、治療費等として次のとおり原告らに支払った。

昭和四四年八月一三日市立函館病院へ入院費等金一万三、五八六円昭和四四年九月九日治療費等として原告らに送金金四万三、四六五円以上合計金五万七、〇五一円。ところでかりに本件事故について被告に賠償責任があるとしても、前述のように原告側にも過失があり、これを斟酌すると損害額のうち被告が負担すべき割合は一割とするのが相当である。そうすると、被告が支払った前記入院費、治療費等合計金五万七、〇五一円のうち被告が負担すべき額を控除した残額金五万一、三四五円は、原告らが本来負担すべきものであり、被告において原告るみの治療関係費として法律上支払うことを要しなかったものである。

したがって、被告において原告るみの治療関係費として支払った金員のうち金五万一、三四五円に相当する分については、原告らは治療関係費の出捐を免れたことにより利得をえ、被告はこの金員に相当する分だけ損失を蒙ったというべきであるから、被告は、民法七〇三条により原告るみに対し、右金五万一、三四五円の不当利得返還請求権を有するものである。そこで、被告は、本件第五回口頭弁論期日において、原告らに対し、右請求権をもって、原告らの本訴請求債権に対し、対当額で相殺する旨の意思表示をした。

3  (弁済)

被告は、本件事故による損害賠償債務が法律上存在するかどうかにつき未確認のまま、賠償義務があるのではないかとの一応の前提のもとに、前記のとおり原告るみの治療関係費として金五万七、〇五一円を損害賠償総債務の内払いとして原告らに支払ったものである。したがって、右支払金のうち被告が治療関係費として負担すべき分を控除した残額金五万一、三四五円については治療関係費以外の原告らの損害に充当されたというべきであるから、前項の相殺と択一的に右弁済を主張する。

四  抗弁に対する認否

原告恵美子が原告るみの母であることおよび原告らが被告主張の金員の支払を受けたことは認めるがその余の事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一、請求原因1項(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、原告るみは、室内で遊んでいるうちに誤って窓から約三・五メートル下の一階渡り廊下の屋根の上に転落したこと、このため左頭頂部陥凹骨折の傷害を負い、昭和四四年八月四日から同年九月六日まで入院し(原告るみがこの間入院した事実は当事者間に争いがない。)、その間に開頭頭蓋形成術の施行を受けたこと、その後昭和四五年一月一三日まで七回通院し、その後も脳波検査を続けていたことが認められる。

二  請求原因2項のうち、被告が恵山高原ホテルの経営者であり、同ホテルを占有していたことおよび同ホテル三〇一号室の窓がまちの床面からの高さが五〇センチメートルであったことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、恵山高原ホテル三〇一号室は洋室であって、窓は一か所にのみ存したこと、窓がまちの巾は三八センチメートルあって、その内側から一七センチメートルのところに八センチメートル巾でアルミサッシの戸が取り付けられていたこと、窓の外側には木製の網戸がはめこまれていたが、この網戸は虫よけのための設備であって容易に取りはずしができ、人の転落を防止する機能を有するものではなかったこと、ほかに手摺その他の人の転落を防止するための設備は何も施されていなかったこと、部屋の窓際にはテーブル一つと椅子二つが置かれていたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところで、旅館の建物は、不特定の顧客が常時利用する施設であるから、その占有者は、建物の構造および機能につき、顧客の生命、身体、財産を害する危険のないように十分な配慮をしなければならないことは勿論である。そして、客室の窓の設備は顧客の些細な不注意によってたやすく転落を生ずるような設備であってはならず、容易に転落を生ずるおそれのない位置(床面からの高さを十分にとった位置)に窓を設けるか、または低い位置に設ける場合には手摺その他の転落を防止するための設備を設けることを要するというべきである。そこで、この点につき本件の場合を考えると、窓がまちは床面から五〇センチメートルの位置にあって手摺等の転落を防止するための設備は何も施されていなかったこと前述のとおりであり、この状態においては、窓がまちの巾が三八センチメートルあったことを考慮しても、成人の客が過って転落し、または幼児が椅子やテーブルから窓がまちにのり移って転落するおそれが多分にあったといわざるを得ない。そうとすれば、右室の窓の設備には瑕疵があり、ひいては工作物である本件建物の設置につき瑕疵があったというべきである。被告主張のように本件建物が建築関係法規に適合した建物であり、かつ五〇センチメートルの高さで窓を設置した例が他にあったとしても、そのことは右の判断に何らの影響も及ぼすものではない。

以上の次第であるから、本件建物には工作物の設置に関する瑕疵があり、原告るみは右瑕疵により前記傷害を負ったのであるから、被告はその占有者として、原告るみの右受傷によって生じた損害を賠償する義務がある。

三  過失相殺

≪証拠省略≫によれば、本件事故当日、原告るみ(当時二才)は、両親である原告隆一郎、同恵美子に伴われて、兄の聡(当時六才)および原告恵美子の母殿村喜美子とともに宿泊のため恵山高原ホテルを訪れたこと、事故が発生した当時三〇一号室には、原告るみのほかに母恵美子、祖母喜美子および兄聡がいたこと、原告るみは、母と祖母が目を離している間に、聡と並んで窓がまちに腰をかけようとしてバランスを失ない外に転落したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫そして、前述した室内および窓の状況を考えると、原告るみが窓がまちに上って転落するおそれがあったことを監護義務者である原告隆一郎、同恵美子において予見することができ、したがって、同原告らは、原告るみが窓から転落することのないように絶えず注意を払うべきであったところ、これを怠ったため本件事故が発生したといわなければならない。そこで損害賠償額を定めるにあたっては、右過失を斟酌、原告側に生じた損害額から三割を控除した金額をもって被告が支払うべき賠償額と定めるのが相当である。

四  原告らの慰藉料

本件事故の態様、原告るみが負った傷害の程度および同人の年齢を綜合して考えると、同原告が本件事故により被った精神的損害に対する慰藉料額は金五〇万円とするのが相当であるが、前述した原告側の過失を斟酌して三割を減額し、被告が原告るみに支払うべき慰藉料額は金三五万円が相当であると認める。

つぎに、原告隆一郎、同恵美子の請求について考えるに、生命侵害の場合には被害者の父母は慰藉料を請求することができるが、被害者が傷害を負ったにすぎない場合には、父母は、被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、またはその場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛をうけたときに限り、自らの権利として慰藉料を請求することができると解すべきところ、本件の場合、原告るみが蒙った傷害の程度および同原告は頭部に受傷したがその後の経過は順調で後遺症も認められないこと(このことは≪証拠省略≫によってあきらかである。)を考えると、原告隆一郎、同恵美子は原告るみの受傷により、多大の精神的苦痛を蒙ったことが推認されるが、いまだ原告るみが生命を害された場合にも比肩すべきまたはこれに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を蒙ったものとは認め難いので、原告るみの受傷に基づく原告隆一郎、同恵美子の慰藉料の請求は理由がない。

五、弁済の抗弁

被告が原告らに対し、被告主張の日に被告主張の金員を支払ったことは当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によれば、右金員は、原告るみの治療費に対する損害賠償として支払われたことが認められる。ところで、原告るみの通院加療は、被告が右の支払をした日の後においてもかなりの期間にわたって続けられたことが、≪証拠省略≫によって認められるので、被告が支払った合計金五万七、〇五一円をもって原告るみの治療に要した医療費の全額に相当するものとはにわかに断じ難い他に、原告るみの治療に要した費用の総額を認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告は、被告の支払額が医療費の全額であることを前提とし、このうち過失相殺により被告の責任に属しない分につき相殺または弁済を主張するけれども、右主張はその前提を欠くものであるから、爾余の点について判断するまでもなく失当というべきである。

六  結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求のうち、原告るみの請求のうち慰藉料金三五万円およびこれに対する不法行為の日である昭和四四年八月四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるが、同原告のその余の請求および原告隆一郎、同恵美子の請求はいずれも理由がない。よって右の限度で原告るみの請求を認容して同原告のその余の請求および原告隆一郎、同恵美子の請求はいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橘勝治)

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